*小さな巨人*world journey*

世界一周終了!次は来年行きます!

148cm、小さな巨人が世界一周。
なーす辞めて弾丸1年‎。
2017-06-04-
India→Malaysia→Singapore→China→Mongol→China→Laos→Thailand→Myanmar→Srilanka→NZ→AUS→NZ(語学留学)→Namibia→Botswana→Zimbabwe→Terky→Egypt→Morocco→France→Germany→Iceland→Spain→Ecuador

8/9*China*九寨溝、M7。避難民になる。

始まりは突然で、なんの予兆もなかった。

丸1日かけて黄龍観光をし、

頑張った御褒美にパンダ🐼の携帯ケース

なんか買っちゃって、

晩ご飯に麻婆豆腐をたいらげ、

それこそウキウキで帰宅。

ゆかりとお風呂じゃんけんして私が勝つ。

疲れ果ててたから、早く寝たくて

そそくさとシャワーを浴びる。

明日は九寨溝観光で早起き。

終わって部屋に戻って石鹸を乾かそうと

洗濯バサミに引っ掛けたその時。

21:00くらい。

目の前が大きく揺れた。

立てないくらいの揺れ。

ベッドが横に揺れる。

人生でこんな揺れ初めて。

余震とかなくていきなり始まった。

電気が消える。

怖くてゆかりの名前を叫びながら

部屋から出る。

叫び声がいろんなところから聞こえる。

必死で外まで走る。

ゆかりと会って、周りにも大量の人が

いることがそこで認識できた。

と、再度強い揺れ。

その後も何度も繰り返される余震。

貴重品だけはゆかりが持ってくれててセーフ。

髪の毛もびしょびしょのまま

建物から離れる。

溢れんばかりの人達が建物の前にぎっしり。

そこからは余震にびびりながらも、

バックパックとりに戻ったり、

ゲストハウスの人に毛布もらって

地面に敷いて電気が再開するのを待つ。

ネットも繋がらない、言葉も通じない、

明かりもない。ゆかりと離れたら終わり。

怖くて何もできない。

自分自身が初めて震災に会って、

避難民になったと実感した。

阪神大震災は小さすぎて覚えてなかった。

建物付近から離れて丘まで歩いて

避難所的な、まぁ何もない砂の上で

一夜を明かす。

朝電気が再開しゲストハウスに戻ることに。

朝日に照らされて、

昨夜の地震による街の変貌が生々しい。

車はぺしゃんこ、至るところに

くそでかい岩が転がる。

だって九寨溝ってくそでかい

山と崖の真ん中に作られてるから、

地震で土砂崩れなんて起こったら

ひとたまりもない。

命なんて一瞬やと悟った。

ゲストハウスに戻るとまた余震。

建物もボロくて耐震強度なんておそらく皆無。

今すぐ九寨溝を出て成都に戻れと

スタッフに言われバスターミナルに移動する。

たぶん100人を超える観光客が同じことを

考えバスターミナルに集結している。

バスの数が観光客に比例してなくて

まったく足りない。

いつになっても列は進まない。

もう一つのバスターミナルまで

ヒッチハイクをして移動する。

そこにも同じように100人超の

観光客の大群。

もうしょうがないとバスを待つが

まったくバスは動かない。

成都に向かう道が地震で壊れて交通が

遮断していると中国人が教えてくれた。

成都にも帰れない。

とりあえず食料と水を買う。

2人で煎餅を食べて平然を装う。

また余震、すぐ横は数十m級の岩山。

砂埃が山からあがり、悲鳴が聞こえる。

煎餅なんかで平然を装えるわけがなかった。

その後1時間くらいでバスに乗れて

成都と九寨溝の真ん中にある街まで

行けることに。

道の所々で避難民のため水と食料を配る

中国人のボランティア達。

本当にありがたい。

結局中間の街で成都行きのバスにスムーズに

乗車でき、その日のうちに成都に着くことができた。

途中の山道でも、もし今地震が起こったら、

土砂崩れが起こったらとか考えたら

怖くてたまらんかった。

世界一周でこんな経験するとは。

九寨溝には行けなかったけど、

黄龍行けたし、

命助かったことを考えたら

もう良しとするしかない。

不安と緊張でほぼ休めず移動、移動で

身体も限界きてる。

明日は休息日にします。

ゆかりさんお疲れ様でした。

ありがとう。


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やっと成都についてWi-Fi繋がった時、

家族、友達からの心配する連絡いっぱい。

心配かけました。

お母ちゃん、お父ちゃん、

すいませんでした。

旅はまだまだ続きます。

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